過去記事

2007年 Dec月の過去記事

2007年もお世話になりました。

日記|2007年 12月 31日|固定リンクコメント(0) このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
最近はばたばたと忙しくて、すっかりブログどころじゃなかった今日この頃。
今日もふつうにお仕事してます。
でも、今年の末には少しずつですが成果の予兆が出始めていて、ああ、よかったなーと思います。


去年末から今年の秋くらいまでなかなかうまくいかないことが多かったけど、そこを我慢して地道に続けると少しずつよくなってくるもんなんですね。言葉ではわかっていても、腹の底からそれが理解できたのは自分の中でなかなか成長だったと思います。いいときも悪いときも変わらずに続けるってのは、よく聞く言葉だけど、実に深い。


映画も本もけっこう見ていて、まだブログにレビュー記事書いてないものがあります。
年明けでたまってる分をいろいろと書いてみますね。


今年は対外的な仕事をメインにやらせていただきました。

自分が作りたいものを作るために、自分が自由に動き回れる環境を作る必要があって、まずはその第一歩ということで。やはり、サバイバルをするためにはサバイバルをするための身体作りが必要ですね。ハイ。

そして、年末からようやく自分が自由に動き回れるようにするために必要な武器を作り始めました。丸腰でサバイバルできる人はそれほどいないので、自分の魅力や長所を具体的なオブジェクトとして形にする必要があります。狩りをするにも釣りをするにも道具が必要、ということで。


来年は現在制作中のものお披露目と、実際にそれを使った展開をしていくことが目標です。
まだしばらくは地道ながら楽しい創作活動が続きますが、奢らず腐らずやっていければよいなと思います。



今年、各方面の方にたくさん励まされたり、ご迷惑をおかけしちゃったりとありましたが、どうもありがとうございました。来年もまたよろしくお願いいたします。


自分の身体の中から聞こえてくる声こそすべて

日記|2007年 12月 27日|固定リンクコメント(0) このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
自分とまったく同じ感覚だったのでメモ。
行き着いているかどうかはいまのところ雲泥の差があるけれど。

自分の感覚を信じ抜く「言い訳」できない生き方 [NBOnline]




もちろん他者のアドバイスはありがたく、必要。
でも、それは、自分が何を探し求めているかを明確に自覚できているからこそ、アドバイスが生きてくる。自覚がなければアドバイスすら聞き入れる素地はない。






他者の一言がきっかけで変わることもある。
でも、やはりそれは、自分が何を探し求めているかを自覚し、もがき続けているから変わることができる。



オスカー・ピーターソン死す

音楽|2007年 12月 25日|固定リンク1 コメント このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
自分にとってのスーパースターの一人が、いなくなってしまった。
オスカー・ピーターソン氏死去 ジャズピアノの巨匠 [Excite News]






とても悲しい。
そして、さみしい。



ピアノを一昨年10数年ぶりくらいにはじめたのは、まさにこの人のような話しかけるようなピアノが弾きたかったから。耳に残る、奥歯にずきゅーんとくるようなピアノサウンドが数年前からずっと頭の中に鳴っていて、とにかくピアノを弾きたい衝動に駆られて再開したのでした。

でも、幼い頃に経験があるとはいえ、10数年ぶりに弾くピアノはまったく思い通りに弾けず、苦しい思いをしました。家のピアノは電子ピアノだったけど、レッスンにいってた表参道カワイでは最高のグランドピアノを常にさわらせてくれたし、また落ち着いたら必ずやりたいな、と思っています。(そのときはまたカワイにお世話になりたいのでよろしくお願いします。)



一昨年か去年か、もうよぼよぼのオスカー・ピーターソンが東京国際フォーラムでライブをやってくれた。
上原ひろみがオープニングアクトでした。

もう、生で伝わってくるメッセージにやられた。
生気あふれる音楽がにじみ出ていた。あんなにヨボヨボなのに。



さすがにあの姿を見て、また見ることはできないだろうなと思っていたけど、やはりニュースで伝え聞くと悲しい。もう聞けないんだなぁ。



音楽はクラシックもポップスもロックもラテンもボッサもファンクもフラメンコも民族系も大好きだけど、やはり自分の中ではジャズが占める割合は大きいかもしれない。

気持ちはいつもロック。
美しさや荘厳さはクラシック。
ラテンはノリと情熱で。
フラメンコはギリギリの緊張感のある集中力で。

ジャズは、最高の心地良さ。





ご冥福をお祈りします。
今日はオスピーたくさん聞こう。

Dreamhost のIPアドレスが勝手に変わった?

日記|2007年 12月 23日|固定リンクコメント(0) このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
Akelos Memoにアクセスしようとしたら、なんか変な表示が。



変な表示



なんだこれ。

ローカルからNSLOOKUPしてみると、
NSLOOKUP


一方、Dreamhost の管理画面では
Dreamhost DNS管理画面


IPアドレスが明らかに違ってる。
どういうこと?



まだ未解決で調査中。


Akelos Memo というサイトを始めました。

Akelos|2007年 12月 15日|固定リンクコメント(0) このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
Railsの完コピを目指すPHPフレームワークAkelosがあまりに素晴らしくて感動したので、その使用感や仕様などをまとめた「Akelo Memo」というサイトを始めました。(まだちょっとしか書いてません。)



自分がAkelosを使っていく上で、疑問に思ったことやわからなかったことを調べたことベースに書き込んでいこうと思っているので、たぶん更新はとてもゆっくりになると思います。

Akelosについてわかりやすくてなじみやすい記事を網羅的にまとめていければよいかな。



基本方針に賛同いただければ一応どなたでも編集可能にしたいと思います。編集したいよ、という方はご一報を。いっしょにやりましょ。

「ウェブ時代をゆく」を読む




一見関係ないと思うかもしれないけど、まずこれに目を通してほしい。
人はなぜマルチ商法にはまるのか? [山口揚平の時事日想]

この中の一節の言葉が素晴らしすぎる。

----- 引用ここから(文字色は引用者による)

 では、なぜ人はマルチ商法にはまるのだろうか?

 それは、自分(エゴ)の視点から、欲望というフィルターを通してものを見るからだ。マルチを回避するには、自分にとっての利益ではなく、システムの背景にある全体の利益構造に思いをはせる必要がある。その上で「これは社会全体にとって価値を“創造”しているのか? それとも富を“移転”させているだけなのか?」ということを、常識をもって判断すればいいだけだ。

 マルチ商法は、なぜ販売実績に応じた複雑なランク制度と過酷なノルマを作る必要があるのか。なぜ自己啓発的なセミナーを開催し、個人の金銭的成功を煽り立てる必要があるのか。なぜ有名タレントや有名大学のドクターの名前をことさら大げさに喧伝する必要があるのか――これらの問いの答えを考えてみる必要がある。

----- 引用ここまで


そう、仕事とは、社会に価値を産み落とすことだ。







その目で、このページも見てほしい。

IT戦士の作り方

本人が数年後に見たらきっとコッパズカシくなるほどのまっすぐ感。
でも、いいじゃない。
彼は、きっと価値を産み落とし続けると思う。




僕らは、世の中に新しい価値の風を吹き込む。


まったく新しい価値を作る。
古くなってしまった価値を新しくする。
別々に存在していた価値をひとつのものにまとめ上げる。

そうして、世の中が動いていく。
人が、にんまりする。
そういう社会を、つくる。





「ウェブ時代をゆく」は説教くさくてうんざいるするほどフランク・シナトラ「マイウェイ」でおっさん臭がむんむん。
でも、おっさん臭がたまに心地よくなるときがあるから人間てのは不思議だ。

おっさん臭を忌避すべきものとしか捉えたことがない人は、きっとギリギリに差し迫った命の危険や心の底からのビリビリ来るようなさみしさを感じたことがない人かもしれない。

この本を読んだ基本的な感想は、基本的にはこれと同じ。
ウェブ時代をゆく [池田信夫 blog]

上記書評はいわゆる勝谷誠彦ばりの罵倒芸なんだが、この本の良さはこういう罵倒芸をも飲み込む普遍を含むということ。だから、安心して批判できる。批判しないと、テイストが甘すぎて、逆によくないと思う。スパイスがないとあますぎて食べられません。




「好きを貫く」ことの重要性と、そのための実践メソッドとしての「ロールモデル思考法(この人みたいになりたいと思い、マネをすることからはじめること)」の紹介がされている。

これはこれでよいと思うけど、「じゃあ好きってなにさ」とか「好きなことでも毎日やってりゃうんざりするよね」的な話が必ず出てくる。青春だよね。

僕はもっと原始的に、「快」「不快」で十分なんじゃないかな、と思う。
扁桃体で感じろ!という世界。



人間の中にはドロドロしたものから美しいものまでいろいろな「快」があるが、冒頭の文章にあるように「社会に価値を産み落とせるもの」と結びついた「快」を、素直に押し進めればよい、と思う。

僕の場合は、やりたいことをするための基礎体力作りとしてしなければならないことがたくさんあったので、結果的にやりたいことができるようになってきたのは30代からだった。ようやく、自分の社会的な「快」に正直になることができた。

本当に「快」なことができるようになるためには時間がかかることがある。人生のピークには個人差がある。
だから、人の言うことなんて50%くらい聞き流しておけばよい。



オトナになればなるほど、周りの意見や考え方に揺さぶられることがある。煽られることがある。

ただ、冒頭の素晴らしい文章のように、ひとつ自分のものの考え方の基準があれば、ぶれない。ぶれなければ、きっとよい仕事ができるし、1つのことを極められる。極めることができれば、女にだってモテる。女は才能に弱いのだ。



自分の中にある感覚を、もっと敏感に。もっと大切に。
そして、その感覚と社会とのバランス感覚を磨こう。

そんなことを思う本でした。

プロダクト設計が楽しすぎて死ぬ

日記|2007年 12月 11日|固定リンクコメント(0) このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
来年リリース予定のプロダクトの設計作業も大詰め。
※本当は今年リリース予定だったが、オトナの事情により来年になりました。待っててくれた人ゴメンネ。



フレームワークが進化してくれたおかげで、プログラムの開発自体にかかる時間が大幅に減った。もはやその生産性は10倍以上もいいところだ。

世界中に優れた人がいて、いろんな選択肢がオープンソースとして提供されていて、それを組み合わせることで素晴らしいプロダクトができる。なんて素晴らしい時代なんだろう。こんな自分にも、『発明』ができるなんて!

さて、プログラムの開発が簡便化され、生産性が爆発的にあがったとき、どんなことが起こるか?




答えは、「思想と設計とインターフェースの重要度(負担度)がその生産性の分だけあがる」、ということ。
決して、プロダクトやサービスを創り出すことが楽になったわけじゃない。


簡単なことで、作ること自体が難しいことではなくなってしまったら、参入障壁が下がって競合が増える。競合が増えれば、情報の受け手はもっとも心にグッと来るものだけを選び、利用する。その「グッと来る」というのは、「思想」「設計」「インターフェース」の3つを起点にして起きる現象だ、ということ。

「思想」と「設計」と「インターフェースは」のうち、もっとも重要なのは「思想」だが、もっとも重視すべきなのは「設計」だ。「インターフェース」は「設計」の中に含まれる部分も大きい。

その「設計」が弱い作品は、習作としてはもちろん価値があるけれど、プロダクトやサービスとしてはイマイチ価値が出てきにくい。だって、観客はその「設計」の妙技に酔いたいと思っているのだから。




その「設計」作業がいま、死ぬほど楽しい。
寝ることも忘れる。(食べることは忘れない)


「設計」は、自分が神に近づける作業だ。
神というか、「真実」とか「普遍」とかって言った方が近いかな。



ずっと迷ってた。

会社を作ったこと。
自分は「社長」になるのか。
会社を大きくしたいのか?
大きくしてどうする?
それとも?


自分の中にあった結論は、「ソフトウェアで世の中に価値を産み落とすこと」だった。
会社は器にしか過ぎなくて、体裁も見栄も知ったことか!
会社なんて、自分が活動しやすい環境を作るための枠組みでしかない。
大きい小さいもよいも悪いも知ったことか!


今年はいろいろと苦しんだ一年だったけど、一年の終わりにこうした思いに気がつくことができたのは、たったひとつだけよかったことだなーと思う。

来年の楽しみはたくさんある。
でも、ほんとに楽しめるかどうかはその準備作業にかかっている。


だから、いま準備作業を進める。


その準備作業は、楽しくて仕方がない。

中東へ行きたい

日記|2007年 12月 08日|固定リンクコメント(0) このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
中東とか、エジプトとか、黄色い風景があるところに行きたくて仕方がない。


土地や写真から呼ばれる感覚ってあるでしょ? え?ない?



嘆きの壁に行ってみたい。
岩のドームを見たい。

エルサレムは、周辺のアラブ地域とは違ってぜんぜん安全な(らしい)んだ。




なんかね、世界中の人の信仰とか祈念とか悔悟とかが集まるところへ行ってみて、いかにいまの自分が小さい存在かをもう一度改めて確認してみたいんだよね。



行きたいなぁ。
行ってみたいなぁ。



「オタクで女の子な国のモノづくり」を読む

ビジネス書関連で非常におもしろい本を見つけたのでご紹介。☆4つ半。
※これを読んで休憩時間がちょっと伸びちゃったのはナイショ。






90年代に日本がグローバリゼーションの波の中で取り入れたSCM、CRM、ERPなどの外来系戦略用語ブームと咀嚼が一段落した後、企業業績が一段落してきたとはいえ、景気回復したんだかしてないんだかよくわからん世の中のふわふわ感。

そのふわふわ感っていうのは、これからどんなものを作っていけばよいのかという明確な方向性がいまいちぴんと打ち出せてないからじゃないの?


そんな問題提起を非常にやわらかくするところから始まるこの本。
装丁、表現、1ページ内の余裕ある文字数をチェックするに、まーた内容の薄い本かなと思ったらさにあらず。すべてのものづくりにかかわるエンジニアに読んでほしい珠玉の内容だった。(最終部除く)




まず、「オタクとギャルが非常に近い」という著者の視点が目を引く。

さて、その近いポイントとは何か?



それは、「子供っぽさ」である、とのこと。

オタクにしてもギャルにしても(諸外国の同年代から見て)子供っぽい。
そして、オタクやギャルだけが子供っぽいのではなくて、日本人がそもそも子供っぽい気質を持っていて、彼女たち/彼らは単にその性質がデフォルメされているだけなのだ、という論調。

さて、その子供っぽい日本人の特徴とは、、、


■法則1 擬人化が好き
→なんでも擬人化。欧米人からして、電車の窓にキティーちゃんの「指はさまれないように」なんてステッカーが貼ってあるのはとんでもない子供っぽさなんだそうだ。

■法則2 個人カスタマイズを志向する
→携帯のデコレーション、ストラップなど。同じようなものを持っていながら、少しだけ自己主張するつつましやかさ。ギャルも同じだよね。やはり制服文化だからかな。

■法則3 人を病みつきにさせる
→元々モノの質感、さわり心地、風合い、禁忌を破ってみたくなるといったモノに日本人は非常に反応する生き物なんだそうだ。ついつい押したくなるボタン、握りがラバーになっているボールペン、携帯電話のボタンのクリック感、エアーパッキンのぷちぷちなどなど。

■法則4 寸止めを狙う
→焼くだけのハンバーグ、豆腐を混ぜるだけの麻婆豆腐の素など。モノができあがる過程やなにかの使い方をマスターする行程への快感があるとのこと。格闘ゲームやレースゲームなんかでも、少しずつ操作をマスターして、キャラクターが強くなっていくのはたしかに快感だもんね。

■法則5 かすがいの働きをする
→自分のための機能ではなく、他人のための機能を求める傾向にあるとのこと。信号待ちの車がヘッドライトを消すのは特徴的。欧米だと繰り返した場合に職質ものとのこと。

■法則6 「恥ずかしさ」への対策になる
→トイレで水流音が流れる装置、触媒を使った強力な脱臭装置。生理用品も開くときに音ができるだけしないようになっているらしい。

■法則7 健康長寿を追求する
→健康長寿というより、「気持ちよいこと、リラックスすること」に弱いって感じだ。それは昨今の健康系ブームを見渡しても明らか。デトックス、岩盤浴、リフレクソロジー、半身浴、ホットヨガ、耳かきサービスなどなど。

■法則8 生活の劇場化を目指す
→「自分にご褒美をあげる」というもの。ご褒美はもらうものだったのだが、歳をとってもらえなくなると自分にあげる、という感覚。ずっと褒めてほしいしの。うふ。

■法則9 地球環境を思いやる
→エコに関する感心が高いのも特徴。

■法則10 ダウンサイジングを図る
→小型化は日本の特徴。そういえば、思春期にかわいい字を書く女の子はどんどん字が小さくなっていったな。Webデザイナーがフォントをひたすら小さくしようとしていたのもこれに関連があるかな。



で、著者が指摘するのは、欧米で日本のプロダクトが受け入れられるときには、この感覚が共有されるときだ、というもの。つまり、先進国はこどもっぽくなるということ?


考えてみれば、

・パリス・ヒルトンの携帯やバッグもチャカチャカしてる。そして、なぜか人気だ。
・サンリオ製品求めてKIDDY LANDを訪れる外国人が後を絶たない。しかも、けっこう大人の女の人がニコニコして買っていっている。
・iPod のインターフェースに慣れると他のプレーヤーさわりたくなくなる。
・海外メーカー向けの電化製品もそれなりに小さくなってきた。
・Googleの検索もパーソナライズ化の方向をどんどん進んでいる。

などなど、著者の言い方にならえば、「子供っぽい日本化」していると言えそうだ。
外国の人たちは、ひょっとしたら、普段けっこうムリして大人であることを維持しているだけなのかもしれない。



そして、著者は言う。

これは日本がもともと持っているよい意味での競争力である、とのこと。
なるほど、ユニークネス、というわけか。


「世界へ通用する」とか「日本を誇れるものを」なんて肩肘はってしまうことは、結局向こうの土俵で戦うだけのことで、要するにアウェーでの戦いを志向しているだけ、というなんとも間抜けな状態なのかもしれない。

戦いで常に勝つためには、いかに自分にいかに有利な状況をつくり、自分の強みを最大限発揮することだとすると、日本人は、日本人のよさ(というより特徴)をきちんと正しく理解してあげる必要がある、と。



ちょうどいま設計中のプロダクトを考える上で、とても参考になる考え方でした。



そうそう、この本の著者、1961年生まれなのにとても頭がやわらかいっす。
人間、頭が硬直しちゃったら最後だから、こうでなくちゃと思いました。


フラメンコにはまる

音楽|2007年 12月 03日|固定リンクコメント(0) このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
届いたRadioShark2でラジオを聞いていたら、フラメンコギタリストの沖仁(おき・じん)さんが深夜にゲスト出演していた。

沖仁Official Web Site


沖仁という人を初めて知った。
そして、生演奏。
猛烈にガットギターの音の美しさにやられた。

あわててYoutubeへ。





いやー、スゴイ。
でも、この音質だとすごさが伝わらない。

めっちゃくちゃ美しいんですよ。ナイロン弦の音が。



これまでフラメンコというかラテンは時々ラジオやストリーミングで聞くことはあったけど、ちゃんとCDを買って聞くことはなかった。でも、映画とかでフラメンコが使われると緊張感がグッと出て好きだった。


ああ、聞きたい。
フラメンコが聴きたい。


iTunesへ。

New Day to Be Seen

6曲目「Guri-Mama」、7曲目「Caipinna Caipinna」あたりはもう視聴だけでヤバい。



で、そのまま沖仁さんの曲を買うことも考えたけど、よく考えてみたらフラメンコのCDっていままで買ったことがなかった。まぁそりゃ普通の人はあまり買わないかもね。

ということで、大御所というか、基本から入ろうということで、結局買ったのがこれ。
下はアマゾンですが、iTunesにもあります。



いいですねー。フラメンコ。
あのね、けっこう緊張感のある曲がよい感じに続くので、仕事中に聴く音楽としてはかなりいいんじゃないかと。

歌ものが少なくてジャマにならないし、リズムが少し前のめりな感じなので、前傾姿勢のパソコン作業がすすむすすむ。休憩なしぶっ続けで6時間くらいは全然イケます。


上のアルバムには入ってませんし、弾いている人がTomatitoさんかどうかわかりませんが、見つけたすんごい曲がこれ。





ちょっとフラメンコはまりそう。
そのうち踊りそうな気がする。














あ、そうそう。
ちなみに僕はこのフラメンコも大好き。




旅行計画

日記|2007年 12月 03日|固定リンクコメント(0) このエントリーを含むlivedoorクリップ このエントリーを含むはてなブックマーク del.icio.usへブックマーク Yahoo!ブックマークに登録
ああ、旅行がしたいぞー。
早く仕事のスケジュールを確定させなくては。