過去記事
Pixar Animation Studios
PIXARアニメにはまりまくり。
今日は『Cars』を見た。
ヤバいっすね。グッと来ます。
すごく好きなところは、美しいアニメーションを作る高い技術があることは当たり前で、それにのっかるストーリーも素晴らしいこと。これ、言うのは簡単だけども実践するのは本当に難しいこと。
ストーリーはベタ路線が多いものの、でも、琴線に触れてしまうからしょうがない。よい話は、やはりよい話ですね。
そして、もうひとつ好きなのが、DVD特典映像として加えられている、スタッフの解説VTR。これは、変な自己啓発本を読むよりもずっとリアルに、「僕らはどんな仕事をすべきなのか?」ということを教えてくれる。特にクリエイティブな仕事が必要な人には、インスパイアされる言葉がたくさん詰まっていると思う。
PIXARシリーズのDVDを全部買ってしまいそうな勢い。
ああ、どうしよう。
どんな会社が作りたいかっていわれたら、きっとPIXARみたいな会社って答える。
仕事が遊びで、遊びが仕事で。
仲間と家族を大切にできる場所。
今日は『Cars』を見た。
ヤバいっすね。グッと来ます。
すごく好きなところは、美しいアニメーションを作る高い技術があることは当たり前で、それにのっかるストーリーも素晴らしいこと。これ、言うのは簡単だけども実践するのは本当に難しいこと。
ストーリーはベタ路線が多いものの、でも、琴線に触れてしまうからしょうがない。よい話は、やはりよい話ですね。
そして、もうひとつ好きなのが、DVD特典映像として加えられている、スタッフの解説VTR。これは、変な自己啓発本を読むよりもずっとリアルに、「僕らはどんな仕事をすべきなのか?」ということを教えてくれる。特にクリエイティブな仕事が必要な人には、インスパイアされる言葉がたくさん詰まっていると思う。
PIXARシリーズのDVDを全部買ってしまいそうな勢い。
ああ、どうしよう。
どんな会社が作りたいかっていわれたら、きっとPIXARみたいな会社って答える。
仕事が遊びで、遊びが仕事で。
仲間と家族を大切にできる場所。
広告の実力ととりとめのない話。
「はい、ソニー」のCMを見ると、すごく情けない気分がするというか、がっかりする。かつてソニーは、ウォークマンしかり、VAIOしかり、その広告宣伝についてもあこがれの対象だったのに、なんでこんなんになっちゃったんだろう?
また、「反撃しちゃっていいっすか?」のDoCoMo2.0でスター勢揃いCMがなされたが、続いてdocomo のCMも勢揃い系らしい。
なんというか、広告に対する思考が硬直しちゃってますよね。
最近、優れた広告クリエイターの仕事のやり方を真似させてもらっていることが多いので、参考とすべき優れた広告屋の方があまりよい仕事ができていない現状を見るにつけ、とても残念な気持ちになります。これって広告屋が煮詰まっているのか、それともクライアントが硬直しちゃってるのか。どっちなんでしょうね。
ところで、冒頭のソニーの話に戻りまして。
顔認識の技術がどれだけ難しいかはわからないけど、PCで実現する方法はこちら。
テンプレートマッチング法を用いた顔画像の検出
ソースコードもばっちり掲載。どこまでの精度かはこれだけだとちょっと不明。
より軽量で一般的なのがOpenCVを使用する方法。
openCVで顔認識をしてみる
【コラム】 OS X ハッキング! OpenCV+iSightで顔を認識?
OpenCVを使って画像の物体認識をするPerlモジュール作った
ベースにOpenCVを使って、なんらかの手法でスコアリング(どれだけ精度が高かったか)を導入して、学習型にしてスコアの低い処理を切り捨てる形式にすればソフト的にはOKっぽい。少し前に話題になった顔ちぇきは、OKIの顔画像処理ライブラリを使ってるらしいが、そのOKIのライブラリのベースになっているもの自体がどうなっているかは情報がなく、不明。
カメラのインターフェース系OSにモバイルLinuxなんかを搭載して、このライブラリが動くようにすれば、基本的にはおもちゃレベルの顔認識技術は実現できそうだ。
以上、とりとめのない話でした。
また、「反撃しちゃっていいっすか?」のDoCoMo2.0でスター勢揃いCMがなされたが、続いてdocomo のCMも勢揃い系らしい。
なんというか、広告に対する思考が硬直しちゃってますよね。
最近、優れた広告クリエイターの仕事のやり方を真似させてもらっていることが多いので、参考とすべき優れた広告屋の方があまりよい仕事ができていない現状を見るにつけ、とても残念な気持ちになります。これって広告屋が煮詰まっているのか、それともクライアントが硬直しちゃってるのか。どっちなんでしょうね。
ところで、冒頭のソニーの話に戻りまして。
顔認識の技術がどれだけ難しいかはわからないけど、PCで実現する方法はこちら。
テンプレートマッチング法を用いた顔画像の検出
ソースコードもばっちり掲載。どこまでの精度かはこれだけだとちょっと不明。
より軽量で一般的なのがOpenCVを使用する方法。
openCVで顔認識をしてみる
【コラム】 OS X ハッキング! OpenCV+iSightで顔を認識?
OpenCVを使って画像の物体認識をするPerlモジュール作った
ベースにOpenCVを使って、なんらかの手法でスコアリング(どれだけ精度が高かったか)を導入して、学習型にしてスコアの低い処理を切り捨てる形式にすればソフト的にはOKっぽい。少し前に話題になった顔ちぇきは、OKIの顔画像処理ライブラリを使ってるらしいが、そのOKIのライブラリのベースになっているもの自体がどうなっているかは情報がなく、不明。
カメラのインターフェース系OSにモバイルLinuxなんかを搭載して、このライブラリが動くようにすれば、基本的にはおもちゃレベルの顔認識技術は実現できそうだ。
以上、とりとめのない話でした。
職人魂のお話(自分用記事ピックアップ)
「音質の劣化が気になっています」音づくりの最前線、Goh Hotoda氏の現場(2)
マドンナ、マライア・キャリー、宇多田ヒカルなどのミックスを行う世界的なミキサーさんのお話。
若い頃に聞いた音楽を、年をとってからもう一度聴きたくなる。そして、実際に聞いてみると、なんだかちょっと感覚が違う。これは記録メディアが経年劣化していることもあるかもしれないが、人間の方で高音が聞こえなくなってくる自然老化にも起因する。そこに注目し、「倍音」という音を仕込んでおく。すると、年をとっても同じようにずっと聞こえる、というお話。
この職人魂、通じる世界観はここにもある。
SL-1200 / 伝説のターンテーブル、その心・技・体 松下電器「isM」
いまでは当たり前になっているスクラッチという技術。
これ、ターンテーブルの設計が丈夫だったからこそできたワザだった。考えてみれば当たり前で、モーターで一方向に向かって回転させているものを人為的に逆回転させてるわけだから、これで壊れない頑丈さってのはすごい。しかも、スクラッチありきではなくて、頑丈なターンテーブルだったからこそこうした技術が生まれてきた。優れたガジェットには魂が込められていて、その魂がこもった製品があるから新しいカルチャーが生まれる、という世界観は、ものづくりに関わるすべての人が真似をすべきものだと思う。
話題は変わってもう一つ、日経NBから。
「アラ探しより“面白い探し”のほうがいいじゃん」マーティ・フリードマン氏(元メガデス・ギタリスト)インタビュー【後編】
音楽が売れなくなってきている、ということについてのマーティのコメント。
そもそもその頂点がバブルだったのでは、という視点。
そして、
音楽が売れなくなってきた、というのは消費すべき対象が一時的にインフラに回っているのでは、という指摘。インフラの整備が一巡したら、流通するソフトに消費が戻ってくるのでは、という話。ただ、音楽を作る側の意識について、次のように言及。
この人、ビジネスマンだったとしても成功するだろうね。
本質がわかってる。
マドンナ、マライア・キャリー、宇多田ヒカルなどのミックスを行う世界的なミキサーさんのお話。
若い頃に聞いた音楽を、年をとってからもう一度聴きたくなる。そして、実際に聞いてみると、なんだかちょっと感覚が違う。これは記録メディアが経年劣化していることもあるかもしれないが、人間の方で高音が聞こえなくなってくる自然老化にも起因する。そこに注目し、「倍音」という音を仕込んでおく。すると、年をとっても同じようにずっと聞こえる、というお話。
この職人魂、通じる世界観はここにもある。
SL-1200 / 伝説のターンテーブル、その心・技・体 松下電器「isM」
いまでは当たり前になっているスクラッチという技術。
これ、ターンテーブルの設計が丈夫だったからこそできたワザだった。考えてみれば当たり前で、モーターで一方向に向かって回転させているものを人為的に逆回転させてるわけだから、これで壊れない頑丈さってのはすごい。しかも、スクラッチありきではなくて、頑丈なターンテーブルだったからこそこうした技術が生まれてきた。優れたガジェットには魂が込められていて、その魂がこもった製品があるから新しいカルチャーが生まれる、という世界観は、ものづくりに関わるすべての人が真似をすべきものだと思う。
話題は変わってもう一つ、日経NBから。
「アラ探しより“面白い探し”のほうがいいじゃん」マーティ・フリードマン氏(元メガデス・ギタリスト)インタビュー【後編】
音楽が売れなくなってきている、ということについてのマーティのコメント。
…僕は経済的なことはわからないけど、音楽のスタイルや曲の善し悪しとはあんまり関係ないレベルの、大きな波があって、それが下り坂にはいっているのかもしれない。だから、「真面目に」いい曲を作っていれば、また上り坂が来るんじゃないかな。それに、その98年前後の数字がイレギュラーで、売れすぎたんだ、という考え方だって、あるよね。
そもそもその頂点がバブルだったのでは、という視点。
そして、
たぶん5年前ぐらいから、今ならたとえばiPod touchみたいなインターネット関係の面白い機械や仕組みがいっぱい増えてきて、そっちにお金を使ってるんじゃないかな。みんながそういうのを持つようになって、インフラが整ったら、そこで楽しむ音楽に興味が戻ってくるはずじゃん。そうなったら、また音楽のセールスが増えると思いますね。
音楽が売れなくなってきた、というのは消費すべき対象が一時的にインフラに回っているのでは、という指摘。インフラの整備が一巡したら、流通するソフトに消費が戻ってくるのでは、という話。ただ、音楽を作る側の意識について、次のように言及。
僕の考えですが、たぶん本当のミュージシャンは、「何人聴いてくれるか」ということは考えてないと思いますね。そういうことを考えるのは、僕に言わせればアマチュア。
(中略)
アマチュアは、流行ってる音楽を分析してコピーするとか、どうやってたくさんの人に聴いてもらえるか、すごく企画しているかもしれないけど。でも本当のミュージシャンは、たぶん完全に、自分の心から出てきた音楽を作っているから。「ついてきてくれるファンがいればいい。いなくてもしょうがない」っていう。自分に正直でないと、音楽はつくれないから。
この人、ビジネスマンだったとしても成功するだろうね。
本質がわかってる。
Webデザイナーの種類
Webデザイナーが進むべき方向性は大きく分けて2種類あると思う。
mixiのWebクリエイター系コミュや下記のようなクリエイター系サイトを見ても、圧倒的に前者が多い。
@クリエイターズ
クリエイターズバンク
ロフトワーク
はっきり言って、けっこう飽和状態で過当競争なんじゃないかとちょっと思う。
mixiのクリエイター系コミュをのぞくと、なんらかの質問に対してけっこうピリピリ感たっぷりで答える、という構図が少なくない。これって、結局それほど品質の高くない人がわんさかいるために、本当に実力のある人でも値段をたたかれてしまって、結果として全体の地位が下がってしまっている、ということなのではないかな。デザイナーとは名ばかりで、結局フォトショッパー(Photoshopを扱えるだけの人)ってけっこうたくさんいるし。
一方で、製品のUIを専門で考えることができる人ってほんと少ない。こちらは完全にブルーオーシャン。こちら側の人は主に企業の中でデザイナーとして働いている人が多いと思うけど、UIを専門でデザインできる人が集まって、アプリケーションのUIを専門でデザインする会社があってもよいな、と思う。というか、あってほしいと思う。というか、そういうサービスを提供したいと思う。(UIを調査してコンサルしてくれる会社はあるけど、能書きじゃなくて効果的なUIを実践的にどんどんデザインしていくサービスがほしいよね)
というのは、これからのWebはどんどんマーケティング的要素と機能的要素が結びついていくことはほぼ間違いないことで、広告的な効果を発揮しつつ、世の中を便利にしていく機能も提供していくような融合感が必ず必要になる。というか、もう一部のサービスではそのようになっている。
そのとき、非常に洗練された使用感がある、ということは大きな競争力になる。
たしかに、現在のポータルがどれも似ていることに象徴されるように、アプリケーションのデザインはすぐに真似をされてしまう。でも、Wiiの真似をする威力棒や、iPhoneの真似をするLGのKE850のように、ハードウェアの世界だって人気があるものはすぐに真似をされる。たとえ真似されても、製品のコアに流れる基本思想をもっているかどうかで、ソフトウェアの品質は変わるし、それは必ず利用者には伝わるものだ。
日本には優れたソフトウェアエンジニアがいる。
優れたマーケターもいる。
優れたクリエイターもいる。
だが、それらが有機的に結びついているケースはまだまだ少ないと思う。
日本のソフトウェアがなかなか世界に出て行かないのは、言語の壁というよりも、全体最適の魅力がまだ世界レベルに達していないからなのだと思う。
よい素材(商材)があって、
それをよい具合に調理できる調理チームがあって、
それをよい具合にPRできるマーケターチームがあって、
それをよい具合にサポートできるサポートチームがある、
という、有機的なクリエイティブチームがあれば、もっと日本も楽しくなっていくのに。
- A. 広告系クリエイター
企業からの発注を受けて、広告キャンペーンの一環としてWebサイトを作る人。商業デザイナー。
企業Web、製品Web、キャンペーン特設ページなどが主戦場。クリエイティブな発想でキャンペーン全体の方向性やコンテキストからWebサイトの立ち位置を考えることができる。雑誌の進化系編集者、といった様相で、雑誌のようなテンポ感でWebをデザインでき、FlashやSilverlightのような動きモノで遊ぶ遊び心を持つ。
ユーザの興味喚起を導くアート感が重視すべきメインテーマとなり、Webサイトにおけるユーザー・インターフェースのあり方などはそれほど深く考える必要はない。
- B. ユーザ・インターフェース系クリエイター
サービス系のWebサイトや頒布型ソフトウェアのインターフェースをデザインする人。工業デザイナー。
デザインが持つアート的要素よりも、ユーザにもたらす愛着感を演出する論理的なデザイン力が必要となる。そのソフトウェアを使用するにあたって、無駄がなく足りない要素がないという状態を作り出すことを最終的な目標としており、足りない機能についてプログラマと相談することができる職人的な素養を持つことが多い。
mixiのWebクリエイター系コミュや下記のようなクリエイター系サイトを見ても、圧倒的に前者が多い。
@クリエイターズ
クリエイターズバンク
ロフトワーク
はっきり言って、けっこう飽和状態で過当競争なんじゃないかとちょっと思う。
mixiのクリエイター系コミュをのぞくと、なんらかの質問に対してけっこうピリピリ感たっぷりで答える、という構図が少なくない。これって、結局それほど品質の高くない人がわんさかいるために、本当に実力のある人でも値段をたたかれてしまって、結果として全体の地位が下がってしまっている、ということなのではないかな。デザイナーとは名ばかりで、結局フォトショッパー(Photoshopを扱えるだけの人)ってけっこうたくさんいるし。
一方で、製品のUIを専門で考えることができる人ってほんと少ない。こちらは完全にブルーオーシャン。こちら側の人は主に企業の中でデザイナーとして働いている人が多いと思うけど、UIを専門でデザインできる人が集まって、アプリケーションのUIを専門でデザインする会社があってもよいな、と思う。というか、あってほしいと思う。というか、そういうサービスを提供したいと思う。(UIを調査してコンサルしてくれる会社はあるけど、能書きじゃなくて効果的なUIを実践的にどんどんデザインしていくサービスがほしいよね)
というのは、これからのWebはどんどんマーケティング的要素と機能的要素が結びついていくことはほぼ間違いないことで、広告的な効果を発揮しつつ、世の中を便利にしていく機能も提供していくような融合感が必ず必要になる。というか、もう一部のサービスではそのようになっている。
そのとき、非常に洗練された使用感がある、ということは大きな競争力になる。
たしかに、現在のポータルがどれも似ていることに象徴されるように、アプリケーションのデザインはすぐに真似をされてしまう。でも、Wiiの真似をする威力棒や、iPhoneの真似をするLGのKE850のように、ハードウェアの世界だって人気があるものはすぐに真似をされる。たとえ真似されても、製品のコアに流れる基本思想をもっているかどうかで、ソフトウェアの品質は変わるし、それは必ず利用者には伝わるものだ。
日本には優れたソフトウェアエンジニアがいる。
優れたマーケターもいる。
優れたクリエイターもいる。
だが、それらが有機的に結びついているケースはまだまだ少ないと思う。
日本のソフトウェアがなかなか世界に出て行かないのは、言語の壁というよりも、全体最適の魅力がまだ世界レベルに達していないからなのだと思う。
よい素材(商材)があって、
それをよい具合に調理できる調理チームがあって、
それをよい具合にPRできるマーケターチームがあって、
それをよい具合にサポートできるサポートチームがある、
という、有機的なクリエイティブチームがあれば、もっと日本も楽しくなっていくのに。
携帯向け開発って大変だ
携帯向けのCMS的機能を試行錯誤中。
〆切が迫っているので、今回は大幅に携帯向けの機能を削らなくちゃいけないかもしれない。ほんと、残念。くやしい。携帯に関してはもうちょっと機能的に煮詰めたものを別途搭載することにしよう。
この分野は日本ローカルであることが大きく影響して、PC向けと比べてほんとに情報が少ないと感じる。(それでも昔に比べたらずいぶんよくなったと思うけど。)改めて、オープンソースや情報の公開という発想が舶来者で、まだまだ日本に足りないことを痛感する。この辺も含めて少しずつ変えていけたらよいな、と思う。
〆切が迫っているので、今回は大幅に携帯向けの機能を削らなくちゃいけないかもしれない。ほんと、残念。くやしい。携帯に関してはもうちょっと機能的に煮詰めたものを別途搭載することにしよう。
この分野は日本ローカルであることが大きく影響して、PC向けと比べてほんとに情報が少ないと感じる。(それでも昔に比べたらずいぶんよくなったと思うけど。)改めて、オープンソースや情報の公開という発想が舶来者で、まだまだ日本に足りないことを痛感する。この辺も含めて少しずつ変えていけたらよいな、と思う。
ものづくりとインナー・ビューティー
もうここずっと同じシステムを作っていて、特に意識しているのが次の3つ。
・コンセプト
・設計
・インターフェース
PCをMacに切り替えて1年半経過し、ようやく「優れたソフトウェアの根底に流れる真髄」を理解し始めてきた。それが上の3つだった。こういうのって、大学や大学院でコンピュータサイエンスを専攻する人たちは最初から勉強するのかな?
上記はそもそもソフトウェア制作を始めるに当たって理解しておくべきだし、そのさわり的なものはこれまでだってもちろん理解したつもりだったのだが、知れば知るほどに奥が深い。最近思うのは、この3つのポイントは、人間がもつ「愛着が沸く」という情感にとても密接につながっているということ。ゆえに、ソフトウェアのみならず、ハードウェア、サービスなどの小さめなものから、建造物や都市計画など、人間が作り出すすべてのものに共通したポイントであるとも言うことができる。つまり、これがものづくりに関する「普遍」ということなのかもしれない。
説明するととても長いので簡単に言えば、次のようになる。
「コンセプト」
そのソフトウェアが提供されることでどのような喜びが生まれるのか。
「設計」
そのソフトウェアがどのように作られれば、美しいインターフェースを搭載できるのか。
「インターフェース」
そのソフトウェアは、どれだけ人に愛されるか。
要するに、人間の美容と似ている。
・素肌が美しくない人がどれだけ化粧をしてもそれほどきれいにならない
・よい食事をしない人はどれだけスキンケアをしても、それほどきれいにならない
・よい生活習慣をしない人がどれだけよい食事をしても、それほどきれいにならない
つまり、
・愛されるソフトウェアになるためには、よい機能とインターフェースが必要
・よいインターフェースのためには、よい設計が必要
・よい設計のためには、よいコンセプトが必要
というように、現在分業されていることが多いソフトウェア制作業務だが、本来はこれは1本の太い線で強く結ばれているべきである。ここがぶれると、それなりの品質にしかならなくなってしまう。
ただし、結びつきが弱くてもそれなりに成立できてしまうところがコワイ。これも美容と同じ。カップラーメンばかり食べているくせに、1個5,000円のスキンケアクリームを常用している人はそれなりに美しくなるのと同じで、汚い設計でも外側に美しいデザインを施せばそれなりに美しくなる。これで、一見よくなったようにみえる。だが、こういう場合は一般的に花が咲く時期が短く、破綻は思ったより早く来る。
そして何よりも注目すべきなのは、汚い設計のソフトウェアに携わっていると、それを扱って業務を行う人全員にストレスがたまってしまうことだ。これも美容と同じ。
美しくない素肌をカバーしようとするときの女性の意気込みはものすごい。そして、化粧を落としたときに素顔のギャップがあればあるほど、誰に見せるわけでもないのに落胆の幅は大きくなり、「素顔なんてみせられなーい」なんて温泉旅行で必死になって素顔を隠すわけである。それを自虐的にアピールすることで笑いをとる人もいるが、基本的には自分の素顔も美しければ、それだけでテンションはもうちょっとあがるはずである。
バグの発見・修正が難しく、影響範囲が不明で、デコボコなソフトウェアの不具合がなかなか直らない状況は、エンジニアのみならず、不具合があったときに顧客に謝罪する営業やサポート、責任をとる上長にとってしても、ストレス以外のなにものでもない。いくら生活のために働いているとはいえ、これでは誰も幸せではない。
そんなわけで、まとめると次のようになる。
・ソフトウェアと美容はとても似ている。
・ある目的のための手段があり、その手段にも目的があってそれを解決するための手段があり、全体は連なっている。
・上記をきちんと理解し、その真髄に沿ってものづくりができているかどうかがとても大切。
・コンセプト
・設計
・インターフェース
PCをMacに切り替えて1年半経過し、ようやく「優れたソフトウェアの根底に流れる真髄」を理解し始めてきた。それが上の3つだった。こういうのって、大学や大学院でコンピュータサイエンスを専攻する人たちは最初から勉強するのかな?
上記はそもそもソフトウェア制作を始めるに当たって理解しておくべきだし、そのさわり的なものはこれまでだってもちろん理解したつもりだったのだが、知れば知るほどに奥が深い。最近思うのは、この3つのポイントは、人間がもつ「愛着が沸く」という情感にとても密接につながっているということ。ゆえに、ソフトウェアのみならず、ハードウェア、サービスなどの小さめなものから、建造物や都市計画など、人間が作り出すすべてのものに共通したポイントであるとも言うことができる。つまり、これがものづくりに関する「普遍」ということなのかもしれない。
説明するととても長いので簡単に言えば、次のようになる。
要するに、人間の美容と似ている。
・素肌が美しくない人がどれだけ化粧をしてもそれほどきれいにならない
・よい食事をしない人はどれだけスキンケアをしても、それほどきれいにならない
・よい生活習慣をしない人がどれだけよい食事をしても、それほどきれいにならない
つまり、
・愛されるソフトウェアになるためには、よい機能とインターフェースが必要
・よいインターフェースのためには、よい設計が必要
・よい設計のためには、よいコンセプトが必要
というように、現在分業されていることが多いソフトウェア制作業務だが、本来はこれは1本の太い線で強く結ばれているべきである。ここがぶれると、それなりの品質にしかならなくなってしまう。
ただし、結びつきが弱くてもそれなりに成立できてしまうところがコワイ。これも美容と同じ。カップラーメンばかり食べているくせに、1個5,000円のスキンケアクリームを常用している人はそれなりに美しくなるのと同じで、汚い設計でも外側に美しいデザインを施せばそれなりに美しくなる。これで、一見よくなったようにみえる。だが、こういう場合は一般的に花が咲く時期が短く、破綻は思ったより早く来る。
そして何よりも注目すべきなのは、汚い設計のソフトウェアに携わっていると、それを扱って業務を行う人全員にストレスがたまってしまうことだ。これも美容と同じ。
美しくない素肌をカバーしようとするときの女性の意気込みはものすごい。そして、化粧を落としたときに素顔のギャップがあればあるほど、誰に見せるわけでもないのに落胆の幅は大きくなり、「素顔なんてみせられなーい」なんて温泉旅行で必死になって素顔を隠すわけである。それを自虐的にアピールすることで笑いをとる人もいるが、基本的には自分の素顔も美しければ、それだけでテンションはもうちょっとあがるはずである。
バグの発見・修正が難しく、影響範囲が不明で、デコボコなソフトウェアの不具合がなかなか直らない状況は、エンジニアのみならず、不具合があったときに顧客に謝罪する営業やサポート、責任をとる上長にとってしても、ストレス以外のなにものでもない。いくら生活のために働いているとはいえ、これでは誰も幸せではない。
そんなわけで、まとめると次のようになる。
・ソフトウェアと美容はとても似ている。
・ある目的のための手段があり、その手段にも目的があってそれを解決するための手段があり、全体は連なっている。
・上記をきちんと理解し、その真髄に沿ってものづくりができているかどうかがとても大切。
重要なことは、個人の頭の中にしかない
昨日たまたまテレビを見ていたら、Webデザイナーの中村勇吾さんがNHKの番組に出ていた。

第82回 ウェブデザイナー・中村勇吾(2008年4月1日放送) | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
mixi のクリエイターズコミュみたいなので名前がよく挙がっていたので有名な人なんだろうなーくらいの認識だったが、けっこう見ていておもしろかったし参考になることが多かった。
中村さんの事務所ではスタッフ(プログラマやデザイナーなど)が何人かいるんだけど、クライアントとの折衝、プラン立て、プロトタイプ作成まではほぼ完全に中村さんがひとりで行っているような仕事ぶりだった。プロトタイプも静的なものではなく、直接ActionScriptを書いて、粗いけれども動くものを作ってしまう。その感覚が、とても自分に似ているような気がして。まず動くものを作ってみて、その動作の質感を見ながらそのプランが良いか悪いか判断する、みたいな感じ。
自分の場合、そのやり方が一番しっくりくるのだけど、これって完全に個人の能力に依拠してしまう。会社組織として仕事をする場合には、こういうやり方ってあんまりよくないんですよね。本来であれば。
わかっていながらも仕事の仕方を変えられない。あえて仕事のやり方を変えようとすると、質が落ちたりうまく回らなくなったりしてさてどうしよう、という感じになるのがちょっと大変だなーと思ってたりしてました。ふつうの会社なら、黙って我慢して部下に仕事をさせて、自分は管理職としての職務に徹するって話になると思うんだけど、別に管理職って楽しくないし、そんなことをするために会社作ったわけじゃないし、ね。
そんなことを考えていたら、この番組の中で、次のようなやりとりがあった。
※うろ覚えのため、正確ではないです。
(中村さんの個人のWebサイトが世界から高い評価を受けた、という話の流れを受けて)
茂木健一郎氏「どうしてWebの世界では企業よりも個人がイノベーションを起こすことが多いのでしょう?」
中村氏「本当に重要なことは、個人の頭の中にしかないからじゃないですかね。(中略)Webでは体系的にものを学んだりする必要はなくて、何かに反応して、反射的に動いて、必要な技術をその都度調べて形にすることが一番大切なんですよね」
当たり前なんだけど、いろんなことを考えすぎてしまっていたなーと反省。
自分が持っているスタイルが知らないうちに崩れることが、スランプだったりするのよね。
せっかく自分の好きなように仕事ができるようになったのだから、まずはそれを楽しまないといかんなー、と改めて思った次第。

第82回 ウェブデザイナー・中村勇吾(2008年4月1日放送) | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
mixi のクリエイターズコミュみたいなので名前がよく挙がっていたので有名な人なんだろうなーくらいの認識だったが、けっこう見ていておもしろかったし参考になることが多かった。
中村さんの事務所ではスタッフ(プログラマやデザイナーなど)が何人かいるんだけど、クライアントとの折衝、プラン立て、プロトタイプ作成まではほぼ完全に中村さんがひとりで行っているような仕事ぶりだった。プロトタイプも静的なものではなく、直接ActionScriptを書いて、粗いけれども動くものを作ってしまう。その感覚が、とても自分に似ているような気がして。まず動くものを作ってみて、その動作の質感を見ながらそのプランが良いか悪いか判断する、みたいな感じ。
自分の場合、そのやり方が一番しっくりくるのだけど、これって完全に個人の能力に依拠してしまう。会社組織として仕事をする場合には、こういうやり方ってあんまりよくないんですよね。本来であれば。
わかっていながらも仕事の仕方を変えられない。あえて仕事のやり方を変えようとすると、質が落ちたりうまく回らなくなったりしてさてどうしよう、という感じになるのがちょっと大変だなーと思ってたりしてました。ふつうの会社なら、黙って我慢して部下に仕事をさせて、自分は管理職としての職務に徹するって話になると思うんだけど、別に管理職って楽しくないし、そんなことをするために会社作ったわけじゃないし、ね。
そんなことを考えていたら、この番組の中で、次のようなやりとりがあった。
※うろ覚えのため、正確ではないです。
(中村さんの個人のWebサイトが世界から高い評価を受けた、という話の流れを受けて)
茂木健一郎氏「どうしてWebの世界では企業よりも個人がイノベーションを起こすことが多いのでしょう?」
中村氏「本当に重要なことは、個人の頭の中にしかないからじゃないですかね。(中略)Webでは体系的にものを学んだりする必要はなくて、何かに反応して、反射的に動いて、必要な技術をその都度調べて形にすることが一番大切なんですよね」
当たり前なんだけど、いろんなことを考えすぎてしまっていたなーと反省。
自分が持っているスタイルが知らないうちに崩れることが、スランプだったりするのよね。
せっかく自分の好きなように仕事ができるようになったのだから、まずはそれを楽しまないといかんなー、と改めて思った次第。



