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不景気なんかじゃなくて、世の中の価値構造が変わっているだけなんだと思う
うおっと、1ヶ月ぶりのブログ更新だ。
なかなか続けて書くのは難しいですな。
仕事はけっこういろいろと取り組んではいるんだけれども、なかなか各方面を同時並行ってのは難しいもんで。ちょっと時間できるととりかかるんだけど、しばらくするとスケジュールが超絶的にいっぱいになるという・・・。
今取り組んでいるのは「商売の本質とはなんぞや」ってことで、これからの時代にモノやコトが売れていく仕組みを、そのど真ん中で探る作業をしております。来年の春あたりに一段落つく予定ではありますが、ただのシステム屋としてはじまった田中商店がなかなか興味深い業務範囲の変容を果たしつつありまする。
でも、コアは変わっていないどころか、やりたかったことに近づいております。自分の中では「もうすぐだぞ感」がキテまして、人生とは思わぬところから目標に近づくこともあるもんだなんて思ってみたり。
で、そんな仕事の中でいろんな人と話をするんだけど、ほぼ必ず「景気が悪い」という話になる。だが、俺からしてみればバブルも経験していないので「そもそも景気がいいってどんなだ」という思いがあったりする。
「景気がよい」というのは経済における循環現象の中の一時的な状態に過ぎないのに、なんでそんな一時的で不確かな状態に期待をかけるのだろうか、と。外部要因に期待のウエイトをかけるのって、災害対策が甘いままで神頼みしている状態と変わりなくね?
神に願う前に堤防をちゃんと作ろうぜとか、貯水池を作ろうぜって話をしないといけないと思うんだよ。率直に。それでもダメなら、堤防に変わるもっとすごい防波堤の概念を考えてみるとか、巨大な貯水池を一発で作る方法とか、そういう方向へ思考を向ける方が生産的なんじゃないのかしらね。なんである方向がひとつダメなだけで、ぜんぶ景気のせいになってしまうのかがわからない。生活していくことはたしかに軽いことではないけれど、そこまで重く考える必要はないんじゃないか?
なんていうか、既存の損得のフレームにこだわりすぎて、自分ところで作ったタブーが多くなってしまって、それで自分自身が身動きとれなくなっているだけのような気がするんだよな。車が売れなくなったら貸すビジネスを伸ばせばいいだろう。その貸し方はもっとたくさんあるわけだ。利便性に注目すれば、それこそ台数がたくさん出るような貸し方だってできるはずだ。電車や飛行機で地方に行って、チャリンコ借りるくらい気軽に車が借りられたら楽なのにと思うことはたくさんある。
要するに、いままでの「購入」とは、「消費」か「所有」を前提にシステムが作られていたわけだ。
「消費」か「所有」が前提だから、本来そこまで必要がなかったとしても、手段としての「幻想」を使って本来の価値以上に魅せる必要が出てくる。それも、嗜好性の強い商品ならともかく、すべての商品に。
だが、経済が成熟して、社会が成熟して、文化が成熟すると、消費者は賢くなる。そして、いつか気がつく。いや、本来ならもっと早く気がついているはずだが、ある種の見ないふりをしてきた。「これはこの程度で十分じゃない?」と。
つまり、「消費者が価格なりの価値判断ができるようになった」時代が開いた、ということ。そして「価格なりの」の部分は新興国の安い人件費をベースに考えられている部分が少なくなく、消費者が意識するしないに関わらず、グローバル化された価値観が織り込まれている。
さらに重要なことに、この能力は単純に消費者に獲得されただけでなく、インターネットによって共有され、社会通念として強く根付いていくことになる。
この現象自体は、仮に景気がよくなったとしても変わらないんじゃないか?
景気がよくなったとして、あなたはカカクコムで値段を調べなくなるだろうか?
景気がよかろうと悪かろうと、自分の財布を開いて商品を購入する行為は変わらないし、商品を買う前に「商品を買った未来に起こること」を想像する行為をすること自体は変わらない。そうであるならば、インターネットで事前に商品の情報を調べるといった行為が廃れることは考えにくく、その行為の中に「価格をチェックする」ことは必ず含まれてくるだろう。
であれば、この不景気が仮に去ったとしても、世の中の価値構造の変化はこのまま進むことが考えられる。機能はそこそこでよいから安いものが求められる一方で、「幻想」ではない適切な付加価値がついた商品がそれなりの上積みをされた価格で購入されていく。もちろん、一部の嗜好性のある商品については、「幻想」に金を払うという行為がきちんと続くものと思うけどね。
たしかにリーマンショックがきっかけに不景気トレンドになったという事実はあるだろうが、同時に「幻想」に気がついた賢い消費者が世の中の価値構造を変えつつある現状もきちんと理解しなければならない。「不景気だ」で思考停止するのではなくて、その状況の中でどのようにサバイブするか、それこそ頭がちぎれるくらいに真剣に考えているかどうかで、その先に見えてくる未来が変わってくると思うんだよ。
ただ、この構造変化の中で弱者がいっそう弱者になってしまう問題は、手早く対策をとる必要があると思うけどね。個人的にはベーシックインカムがいいんじゃないのと思うが、別の話題になるのでまた別の機会に。
なかなか続けて書くのは難しいですな。
仕事はけっこういろいろと取り組んではいるんだけれども、なかなか各方面を同時並行ってのは難しいもんで。ちょっと時間できるととりかかるんだけど、しばらくするとスケジュールが超絶的にいっぱいになるという・・・。
今取り組んでいるのは「商売の本質とはなんぞや」ってことで、これからの時代にモノやコトが売れていく仕組みを、そのど真ん中で探る作業をしております。来年の春あたりに一段落つく予定ではありますが、ただのシステム屋としてはじまった田中商店がなかなか興味深い業務範囲の変容を果たしつつありまする。
でも、コアは変わっていないどころか、やりたかったことに近づいております。自分の中では「もうすぐだぞ感」がキテまして、人生とは思わぬところから目標に近づくこともあるもんだなんて思ってみたり。
で、そんな仕事の中でいろんな人と話をするんだけど、ほぼ必ず「景気が悪い」という話になる。だが、俺からしてみればバブルも経験していないので「そもそも景気がいいってどんなだ」という思いがあったりする。
「景気がよい」というのは経済における循環現象の中の一時的な状態に過ぎないのに、なんでそんな一時的で不確かな状態に期待をかけるのだろうか、と。外部要因に期待のウエイトをかけるのって、災害対策が甘いままで神頼みしている状態と変わりなくね?
神に願う前に堤防をちゃんと作ろうぜとか、貯水池を作ろうぜって話をしないといけないと思うんだよ。率直に。それでもダメなら、堤防に変わるもっとすごい防波堤の概念を考えてみるとか、巨大な貯水池を一発で作る方法とか、そういう方向へ思考を向ける方が生産的なんじゃないのかしらね。なんである方向がひとつダメなだけで、ぜんぶ景気のせいになってしまうのかがわからない。生活していくことはたしかに軽いことではないけれど、そこまで重く考える必要はないんじゃないか?
なんていうか、既存の損得のフレームにこだわりすぎて、自分ところで作ったタブーが多くなってしまって、それで自分自身が身動きとれなくなっているだけのような気がするんだよな。車が売れなくなったら貸すビジネスを伸ばせばいいだろう。その貸し方はもっとたくさんあるわけだ。利便性に注目すれば、それこそ台数がたくさん出るような貸し方だってできるはずだ。電車や飛行機で地方に行って、チャリンコ借りるくらい気軽に車が借りられたら楽なのにと思うことはたくさんある。
要するに、いままでの「購入」とは、「消費」か「所有」を前提にシステムが作られていたわけだ。
「消費」か「所有」が前提だから、本来そこまで必要がなかったとしても、手段としての「幻想」を使って本来の価値以上に魅せる必要が出てくる。それも、嗜好性の強い商品ならともかく、すべての商品に。
だが、経済が成熟して、社会が成熟して、文化が成熟すると、消費者は賢くなる。そして、いつか気がつく。いや、本来ならもっと早く気がついているはずだが、ある種の見ないふりをしてきた。「これはこの程度で十分じゃない?」と。
つまり、「消費者が価格なりの価値判断ができるようになった」時代が開いた、ということ。そして「価格なりの」の部分は新興国の安い人件費をベースに考えられている部分が少なくなく、消費者が意識するしないに関わらず、グローバル化された価値観が織り込まれている。
さらに重要なことに、この能力は単純に消費者に獲得されただけでなく、インターネットによって共有され、社会通念として強く根付いていくことになる。
この現象自体は、仮に景気がよくなったとしても変わらないんじゃないか?
景気がよくなったとして、あなたはカカクコムで値段を調べなくなるだろうか?
景気がよかろうと悪かろうと、自分の財布を開いて商品を購入する行為は変わらないし、商品を買う前に「商品を買った未来に起こること」を想像する行為をすること自体は変わらない。そうであるならば、インターネットで事前に商品の情報を調べるといった行為が廃れることは考えにくく、その行為の中に「価格をチェックする」ことは必ず含まれてくるだろう。
であれば、この不景気が仮に去ったとしても、世の中の価値構造の変化はこのまま進むことが考えられる。機能はそこそこでよいから安いものが求められる一方で、「幻想」ではない適切な付加価値がついた商品がそれなりの上積みをされた価格で購入されていく。もちろん、一部の嗜好性のある商品については、「幻想」に金を払うという行為がきちんと続くものと思うけどね。
たしかにリーマンショックがきっかけに不景気トレンドになったという事実はあるだろうが、同時に「幻想」に気がついた賢い消費者が世の中の価値構造を変えつつある現状もきちんと理解しなければならない。「不景気だ」で思考停止するのではなくて、その状況の中でどのようにサバイブするか、それこそ頭がちぎれるくらいに真剣に考えているかどうかで、その先に見えてくる未来が変わってくると思うんだよ。
ただ、この構造変化の中で弱者がいっそう弱者になってしまう問題は、手早く対策をとる必要があると思うけどね。個人的にはベーシックインカムがいいんじゃないのと思うが、別の話題になるのでまた別の機会に。
日記|2009年 11月 10日|

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